バブル景気と土地バブル景気と土地

1987年頃、日本では、土地は必ず値上がりするという土地神話が信じ込まれ、株や土地への投機が盛んに行われました。しかし、バブルが崩壊すると、多くの資産を得たものはそれだけ多くの負債を抱えることになったのです。バブル期からバブル崩壊までの地価の変化を紹介します。

土地が高騰

大都市などの優良な土地の高騰にととまらず、収益の見込めない遠隔地もリゾート開発を名目に相当の値段で取引されました。こうして得た土地を担保に、巨額の融資が行われました。土地の有効活用による収益をインカム・ゲインといいます。しかしこれはインカム・ゲインではなく、将来地価が上昇すると予想し、値上がり益、キャピタル・ゲインを目的としたものでした。たとえば株の場合、100万円で買って150万円で売る、というような方法です。通常、土地を担保とした融資は、評価額の7割を目安に融資が行われるのですが、このときは過大に融資を行うことも珍しくありませんでした。このときは金融機関同士の貸付の競争も激しかったのです。しかしこの融資の一部は、のちに担保の価値が下がることによって、不良債権になってしまいました。価格が下がって損をすることをキャピタル・ロスといいます。

地上げ屋登場

都心では再開発が活発になっていました。借地借家が多く、権利関係が複雑に絡んでいたのですが、借主は借地借家法によって権利が保護されていました。そのため、再開発を行うために、暴力団を主とした地上げ屋に依頼して強引に土地を買い漁る行為が社会問題となりました。計画が実行できないまま、虫食い状態となった空き地は、バブルの爪あとと呼ばれるようになったのです。

マイホームが夢のまた夢

地価の上昇により、都市近郊にマイホームを得ることは難しいものになりました。日本の都会でマイホームと持つことは人生で一番大きな買い物であり、夢であり、そのために貯金をする人も少なくありませんでした。しかし、地価の上昇により、これ以上値上がりする前にマイホームを建てようという人も増え、地価上昇はさらに拍車がかかります。場合によっては二世代ローンを組む人もいるほどで、とても払いきれるものではなかったといわれています。一方で、マイホームの取得をあきらめ、早々に消費行動へと走った人たちもいました。マイホームの目的もなく消費するのですから、貯蓄する意識はありません。都心から離れた地域へ引越しする人もいました。

地価抑制策

1988年にリクルート事件が発覚しました。地価や株価の異常な高騰を抑えようという声が日増しに強くなっていきました。

  1. 土地取引の規制→土地取引に監視区域制度を設けるなど1986年頃から。
  2. 土地関連税制の強化
  3. 金融政策→1989年5月より、1989年3回と1990年2回の合計5回が行われた。三重野総裁によるもの。

バブル崩壊の影響

バブル崩壊が起きて、お金を借りて土地を購入した人はどんな影響があったのでしょうか。

  • 低金利ローンへの借り入れしようと思っても、資産の価値が下がっているので借り換えできません。
  • バブル崩壊後に同じような資産が安値で売り出されても、資産価値下落の補償を受けられないので大損になりました。
  • 相続税も高く、対応策として変額保険を勧められるが、解約返戻金が下回ることになりました。

また、金融機関の影響として、融資の焦げ付き(回収不能)に陥り、不良債権問題、金融機関の倒産へと発展しました。

バランスシートの不況

バランスシートとは、企業の資産と負債の状況を見るデータで、資産と負債のバランスが崩れて起こる不況をバランスシート不況といいます。実は、お金を借りて企業や個人が資産を増やしている間に、銀行など金融機関は負債を増やしていたのです。よく考えれば当たり前のことなんですけどね。そしてバブル崩壊になると、増やした資産は減少し、負債も増加したままになります。これによって企業や個人の経済活動は慎重になり、金融機関もお金を簡単に貸さなくなったのです。

地価の推移

地価上昇の様子(前年比)

1986年 全国(+5.1%)首都圏(+12.5%)
1987年 全国(+13.4%)首都圏(+48.2%)
1988年 全国(+21.9%)首都圏(+61.1%)

地価下落の様子(前年比)

1992年 全国(−4.0%)首都圏(−6.9%)
1993年 全国(−11.4%)首都圏(−19.0%)
1994年 全国(−11.3%)首都圏(−18.3%)
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