バブル景気と企業バブル景気と企業

バブル景気から崩壊までの間には、異常な熱気がありました。その熱気はすぐに冷めることはなく、また復活するのではないかと期待するほどに深く傷つくことになりました。バブル景気を迎えた日本では、どのようなことが起こっていたのでしょうか。

リゾート施設の開発

1987年にリゾート法(総合保養地域整備法)が制定されました。地域振興につながるとして、多くの地域でリゾート開発が行われました。しかし実際には地域振興効果はそれほどでもなく、環境面や需要面、アイディア面などから批判されることもありました。バブル崩壊によって多くのリゾート開発会社が合併や倒産になりました。

土地・資産運用

日本では土地資産などの計上が簿価で行われていました。そのため、地価が上昇しても収益率は変わらず、簿価と時価の差額による含み益もありました。資産運用で、大きな利益を上げる例が強調され、企業でも、本業ではなく、こうした資産運用によって総資産を増加させることに熱心になる企業がありました。

ディスコ

日本では1960年代頃からディスコが誕生しました。バブル期は高級ディスコブームでもありました。ワンレングス、ボディコンというファッションも流行になり、ブランド品に身をかためた人たちが踊っていました。バブル景気が終わる頃、ウォーターフロントブームやジュリアナブームへと移行しました。ジュリアナ系とかジュリアナサウンドと呼ばれるようになり、テクノが浸透するきっかけになったともいえますが、遊びたいとか目立ちたいという目的のほうが強かったように思えます。純粋にダンスを楽しむ人にとっては嫌気のさすものとなり、批判や客離れなどにより、1994年頃、大きな幕を閉じました。

モータースポーツ

1986年〜1987年頃から、ホンダのエンジンが優勝したり鈴鹿サーキットで開催されることによって、F1ブームが起こりました。F1雑誌が次々を創刊され、大手企業やバブルによって大金を手にした、日本の多くの企業がスポンサーに名乗りを上げました。しかし、バブル崩壊と共に多くの企業が撤退しました。

ゴルフの会員権

会員制のゴルフ場の会員になると、特別料金で利用できたり、クラブの公式競技に参加できたり、ビジターを同伴することができるなどの得点があります。このゴルフ場の会員権は、株式のように時価で売買されるため、バブル景気の時代には、1週間で100万円も値上がりすることがありました。ゴルフの会員権が値上がりしたのは、ゴルフをする人の需要が増えたのにゴルフ場の数が少なかったことが発端で、当初20万円だった相場が何倍にも跳ね上がったのです。会員権の売り買いは少ない資本で200万〜300万は儲かるといわれていました。日本のゴルフ場に限らず、海外のゴルフ場まで買収し、会員制度をつくろうとしていたのですから、反発を受けても仕方ないですよね。

絵画の落札

土地のほかに、値下がりすることはないと信じられてきたものがあります。それが絵画です。絵画には土地とは違って、富の象徴や趣味の良いお金持ちのイメージがありました。しかし実際には、富の象徴でもお金持ちのイメージでもなく、お金を借りられること、運用できることの象徴でしかなかったのです。絵画の多くは輸入品で、海外では見向きもされなかった作品が日本人の間だけで取り合うように売買されていたというのです。絵画には価値のある作品にはそれなりの値段がつけられるわけですが、バブル時代においては、その絵画の価値というものを知らないうちに値段が上がり、過ぎ去ってしまったのでした。

キャピタルゲイン

安く買って高く売る、こうした資産運用による収益をキャピタルゲインといいます。こうした活動によって株価も地価も値上がりし、株式資産のキャピタルゲインは650兆円、土地資産は1.350兆円にも達しました。

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