近代バブル近代バブル

バブルは近代に入って発生の頻度が高くなっているように思えます。日本では土地や株によるバブルが発生したのですが、投資の対象はこれらだけではありません。自分たちが気づかないうちに食事や住宅など、バブルが起きているのかもしれません。

東南アジアの経済について

1960年代後半から、アジアNIEs(Newly Industrializing Economies)韓国・台湾・香港・シンガポールが、1970年代にはASEAN(Association of South-East Asian Nations)タイやマレーシアなどの国々が高い経済成長を歩み始めました。ひんぷの格差を悪化させずに成長したことに、世界銀行は「東アジアの奇跡」と発表しました。

東南アジアのアジア通貨危機とは?

1997年7月より、タイを中心にアジア各国で通貨の下落が起こりました。とくにタイ・インドネシア・韓国では大きな打撃を受けました。日本では融資の焦げ付きが多発し、翌年の金融危機の原因となりました。

用語解説

  • 固定相場制…「1ドルはいつも360円だ」というように、為替レートを固定する制度をいいます。
  • 変動相場制…為替レートを自由に変動させる制度をいいます。日本は昔固定相場制でしたが、アメリカへの輸出が増えたため、変動相場制になりました。
  • ドルペッグ制…アメリカのドルと自分の国の通貨の価値を連動させることをいいます。

各国の影響

タイの影響

タイではドルに対してほぼ固定するドルペッグ制をとっていました。タイでは日本のようにバブルが発生していて、1996年頃から伸び悩んでいました。そのことにより、ほかのアジアの国も危ないのではないかと、アジア通貨や株がいっせいに売られてしまいました。タイの通貨バーツを売ってドルに変えることにより、タイはドルに対する為替レートは固定できなくなりました。このことによって、タイのバーツの価値は半分になってしまいました。

韓国の影響

韓国では、金融部門において不良債権を抱えることになりました。これによって経営者の交代が重なり、韓国の格付けをA1からBaa2まで落としました。韓国の経済は冷え込み、債務不履行になる直前まで追い込まれました。

インドネシアの影響

インドネシアではお金の価値が1/6まで下がり、物価が急激に上がりました。このことによってインドネシアでは暴動が起こり、スハルト大統領の独裁体制が崩壊しました。

日本の影響

日本では1980年代後半に起こったバブル崩壊後から回復のみこみがあるとして、ゼロ金利政策を解除したばかりのことでした。アジア通貨危機によって1998年、ついにマイナス成長に転じてしまったのです。

IMFについて

IMF(International Monetary Fund=国際通貨基金)は各国の通貨価値を安定させ、外貨準備不足になったとき、資金を供給する役割があります。アジア通貨危機の場合でも、タイ・韓国・インドネシアの各国がIMFから支援を受けました。

アメリカのITバブルとは?

1960年代後半から、アジアNIEs(Newly Industrializing Economies)韓国・台湾・香港・シンガポールが、1970年代にはASEAN(Association of South-East Asian Nations)タイやマレーシアなどの国々が高い経済成長を歩み始めました。ひんぷの格差を悪化させずに成長したことに、世界銀行は「東アジアの奇跡」と発表しました。

東南アジアの経済について

1999年から2000年をピークにIT関連企業の株価が急騰したあと、暴落するというITバブル(ドットコムバブル)が発生しました。当時、アメリカでは低金利が続き、ベンチャー企業の資金繰りを容易なものにしていました。バブルが発生した原因には、情報・通信産業の発展による期待を持った投資家たちが過剰な投資を行ったことが挙げられています。1996年には1.000ドルだったNASDAQの平均株価が2000年には5048ドルまで上がりました。その頃、パソコンや通信設備が売れ残り、使用されない光ファイバが残るなどの現象が起きました。パソコンは1家に1台あれば充分だったのに、過剰に生産してしまったんですね。当然IT関連企業の売り上げは落ちてしまいました。そして、アメリカの中央銀行にあたる連邦準備制度理事会の金融の引き締めにより株価は急落、2002年には1.000ドル台まで落ち込んだのです。このことにより、大きく成長した企業を除いたIT関連企業が失速していきました。

世界の影響

アイルランド
IT関連企業による直接投資が行われていました。そのため、「ケルトの奇跡」と呼ばれるほどに経済が発展しました。
インド
インド人の技術者を多く採用していたため、インド経済に良い影響を与えました。
中国
2000年頃からインターネットが急速に普及してきました。ITバブルの頃は、それほど大きな影響はなかったといわれています。

日本の影響

日本でもIT関連企業は投機の対象として注目を集める存在でした。1980年代後半のバブル崩壊の影響から、一度は回復するのではないかと期待され、ゼロ金利政策が解除されました。しかし、ITバブルによって日本はさらに厳しい状況となり、再びゼロ金利政策を一歩進めた「量的緩和政策」を打ち出しました。この時期は、メーカーの過剰在庫や過剰設備による業績不振の一方で、インターネットやパソコンが普及された時期でもありました。

終わりに終わりに

これらバブルから学べることは、【投機の対象になるものの価値を把握すること】【配当を含めた利益を把握すること。】【人の心理によって株価は連鎖すること。】ではないでしょうか。どの時代のどこであっても、これらの教訓を活かしてバブルを食い止めたいものです。

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